教育熱心な女性

「子どもの教育のためだったら、お金は惜しまないわ」
身を乗り出して熱っぽく語るのは、ドー・レイ・ヌエさん(50)だ。

最大都市ヤンゴンから北東に車で3時間ほど行ったダイウーという街で、鍛冶屋を営む夫と息子、2人の娘と一緒に家族5人で暮らしている。庭に置かれた機械はまだ日が昇らないうちからカーン、カーンと大きな音を立てて一家の生活を支えている。

夫が機械を操作し、息子が手伝う

ミャンマーの教育システム

「娘が二人いるんだけど、二人ともすごく頭がいいのよ。とくに二番目の子は来年大学入試を控えているから、最近はますます熱心に勉強しているわ」

ミャンマーには高校卒業試験と大学共通試験(日本でいうセンター試験)が合体した「セーダン」と呼ばれるテストがあり、その結果次第で高校卒業可否と出願できる大学が決まる。その後の人生に影響を及ぼす大切な試験のため、学生たちは皆懸命に勉強し、少しでも良い点数を獲得しようと必死になる。ドー・レイ・ヌエさんの娘も例外ではなく、毎日朝6時から夕方6時まで、学校と塾でみっちり勉強しているという。

「今かかっている教育費は…そうね、全部で毎月20万チャット(約1万4,000円)くらいかしら。次女の高校は公立だから無料だけれど、塾もあるし、交通費もかかるから」

塾は「チューシン」と呼ばれ、ミャンマーでは家庭の収入レベルに関わらず「学校とセットで当たり前に行くもの」として認識されている。学校での学びを補う場として、進学塾というよりは補習校に近い位置づけだ。ドー・レイ・ヌエさんの娘もその同級生も、小学校1年生の頃から通っているという。

かさむ教育費

学年が上がるにつれ塾の授業料も上がるため、大学受験の年には塾代がかなり膨らむ。次女が通う塾は今は月2万チャット(約1,400円)だが、来年、高校の最終学年に上がると金額は一気に3倍近く、月5万8,000チャット(約4,060円)になる。しかも、12ヶ月分の授業料約70万チャット(約4万9,000円)を一括で前払いしなければならない。

大学に進学してからも出費は続く。海外就職を目指している大学生の長女は、大学外でも英語やITの専門学校に通っているという。それら全ての授業料や学生寮の家賃、生活費などをあわせると、大学入学から卒業までの4年間には約600万チャット(約42万円)かかる見込みだ。

月々の出費はすべて細かく家計簿に記録している

肌で感じた教育の重要性

それでも、教育にお金をかけるのには理由がある。

「市場に買い物に行くと、くやしい気持ちになるの」

街の中心部にある市場は、ダイウー市民の台所として大勢の人で賑わっている。商店の軒先から地面に広げられたビニールシートの上まで、国産品と並んでぎっしりと陳列されているのは、外国から入ってきた色とりどりの輸入品だ。

「私は外国語が読めないから、店主に『これはタイ製だよ』『これは日本産だよ』『とても品質の良いものだよ』と言われても、自分ではそれが本当かどうか判断できないの。目の前にはたくさんの商品があるのに、どれを選んだらいいかわからない」

ミャンマーでは外国産品の流入が年々右肩上がりで増え続けているが、法整備などの対応が追いついていない。市場にずらりと並ぶ輸入品は食品から医薬品までさまざまだが、そのうち使用方法やアレルギー情報についてミャンマー語で記されているものはごくわずかだ。中には商品名さえ外国語で記されており、発音すらできないものもある。

生活の中に流れ込んでくる大量のモノと、飛び交う情報。自分で判断できないことの不安は、そのまま手の中の選択肢を狭めることに繋がる。

「自分で判断できないと、もう店主の言うことに従うしかない。従うしかないから、騙されていてもわからない。もしかしたら、選べたはずのより良いものを取り逃しているかもしれない」

だけど、きちんとした教育を受けていれば、そんなふうにはならなくてすむ。そうでしょう?確かめるように言うドー・レイ・ヌエさんの言葉には、自身が生活の中で感じてきた悔しさと不自由さ、子どもたちへの期待が込められている。

「子どもには、社会に誇れるような立派な大人になってほしい。貧乏な思いや、悔しい思いはしてほしくないわね」

話し手 :ドー・レイ・ヌエさん(50歳)
ビジネス:鍛治(家庭用包丁の製造販売)
世帯人数:5人(本人、夫、息子、娘二人)
世帯月収:100万チャット(約7万円)

【参考】
(1)Inclusive World『多民族国家ミャンマー;その多様性が教育に及ぼす影響』
(2)Inclusive World『ミャンマーのスラムでも塾で勉強は当たり前?』

取材協力:MJI Enterprise

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