NHKマネーワールド借金

10月14日にNHKスペシャル「マネー・ワールド~資本主義の未来~ 第3集 借金に潰される!?」にて「外資系金融機関がミャンマーの貧しい人々を借金漬けにしている」という内容が放送されました。

実はディレクターの方から複数回の電話取材を受け、さらにミャンマーの弊社オフィスにも来て頂きお話しました。その誠実な取材姿勢に敬意を表します。
ただ限られた放送時間の中で仕方のない事ですが、番組のストーリーに沿って偏った情報が強調され、また誤った印象誘導と感じられる部分もありました。

ミャンマーのマイクロファイナンス(低所得者向け小口金融)の現場に関わる者の責任として、補足する情報をお伝えしたいと思います。長文になりますが最後までお読み頂ければ幸いです。

筆者について

私はミャンマー・ヤンゴンに本社を構えるリンクルージョン株式会社の代表を務めています。私たちはマイクロファイナンスが拡大するミャンマーで、現地金融機関にITシステムとコンサルティングを提供しています。

金融機関との協働により貧困削減に寄与する金融サービスの拡大と、デジタル化された顧客情報と顧客ネットワークを活用して低所得者層の課題解決につながる新規ビジネスの創出に取り組んでいます。

放送の概要

以下、NHK HPの番組紹介からの抜粋です。

各国で発行され、金融機関を通じて個人・企業・国家に貸し出された通貨は空前の規模に達し、IMF(国際通貨基金)によれば世界の借金の総額は164兆ドルに上る。日本円にすると約1京8500兆円だ。資本主義の歴史上、大きな危機が迫っているとIMFは警告を発した。

そもそも資本主義において借金は、事業を開始したり拡大したりするために欠かせない、いわば「成長のエネルギー」とされてきた。ところが現在は、経済成長よりも借金が膨らむスピードが早過ぎて、むしろ経済活動の「足かせ」となっている状況だと指摘されている。

借り手を求める金融機関のマネーがアジア各地に流れ込み、高い金利に苦しむ人びとが現れる事態も生まれている。NHKスペシャル | マネー・ワールド ~資本主義の未来~第3集 借金に潰される!?

50分の番組のうち5分ほどがミャンマーの事例紹介に割かれていました。

NHKマネーワールド ミャンマー

  • 金融緩和のグローバルトレンドによってダブついた資金が、タイの消費者金融に流れ込み、さらにミャンマーにも浸食している。
  • NGOが貧困対策のために始めたマイクロファイナンスに外資系金融機関が参入、日本を含め、10ヵ国41企業・団体が融資事業を行っている。
  • 農村に暮らすス・ミャモンさんは5キロ先の街に取ったネズミ(一匹70円)を売りに行くために、年収に相当する2万円の借金をしてバイクを購入。
  • しかし返済に必要な稼ぎは得られず、返済のために借金を重ね外資系金融機関3社から借金をすることに。
  • 金利は年30%だが「低金利と言われたが意味は分かりません」とス・ミャモンさん。

NHKマネーワールド利息

ミャンマーのマイクロファイナンスの概要

ミャンマー マイクロファイナンス

  • 2011年に民主化を果たしたミャンマー政府が、貧困対策の一環としてマイクロファイナンス法を整備して始まった。
  • マイクロファイナンス法では上限金利30%/年、また近年まで無担保の事業融資に限定され消費目的の融資は禁止されていた。
  • 約900万人(成人人口の1/4)が自営業というミャンマー経済において、今まで年率100~400%近い非合法の高利貸ししか利用できなかった零細事業者を中心に急速に拡大し口座数は350万を超える。利用者の9割は女性。
  • 全国にマイクロファイナンスを拡げて草の根経済を強化しようとミャンマー政府は、規制を設けず外資を積極的に呼び込んだ。
  • マイクロファイナンス事業は認可制で、毎月の財務諸表の提出が義務付けられ、政府による定期的な立ち入り検査も行われている。
  • 2018年10月現在、認可マイクロファイナンス機関は175機関(NGO26、民間企業149)、そのうち外資系は約3割の49機関。しかし融資残高でみると外資系のシェアは8割を超える。
  • 外資系のうち日系(実質的な日系も含む)は10社程度。その他に韓国、シンガポール、インド、カンボジア、ベトナム、バングラディシュ、スリランカ、フィリピンなどからの進出がある。
  • 市場の主流は古典的な5人組連帯責任のグループローン(いわゆる旧グラミン方式)。
  • 融資額は2万~5万円程度が中心、毎週、隔週、毎月返済の1年返済が主流。ほとんどのローンは年利30%。

※なお番組内で「タイでは日系消費者金融が進出してカードローンのシェア4割」と紹介された流れでミャンマーの話に移ったので混同されそうですが、あくまでミャンマーのマイクロファイナンスは事業融資が中心です。

Findings Myanmar Survey Multiple Borrowing
Findings Myanmar Survey Multiple Borrowing/M-CRIL2018

年利30%は高金利か?

世界のマイクロファイナンスの貸出金利は平均27%(中間値)であり、30%は決して高金利とは言えません。放送では「高金利」が強調されており、誤った情報と言わざるを得ません。

Microcredit Interest Rates and Their Determinants
Microcredit Interest Rates and Their Determinants/CGAP2012

30%が高金利ではないと聞いてもピンとこない方がほとんどだと思いますが、金利0%近い日本の感覚で政策金利10%のミャンマーを見るのは適切ではありません。経済成長率、インフレ率が一桁後半のミャンマーでは銀行の普通預金の金利が8%、担保のある大企業への銀行融資でも十数%です。

さらにマイクロファイナンスは返済が高頻度で行われるため、元本が一定のペースで減っていきます。また融資期間も最大1年と短いため金額ベースでみると借入の10~20%が実質的な利子となります。

これまで10日で利子を10%も取るような高利貸しから借りるしかなかった人々にとって、年利30%(月利にすると2.5%)はフェアな金利とも言えます。

駄菓子屋の様子

多重債務、過剰債務の現状

ミャンマーで多重債務が増えている事は事実です。

マイクロファイナンス機関の競合が激しい5地域で行われた直近の調査では、31%の利用者が3つ以上のローンを並行して借りており、中には7~8本のローンを借りている利用者もいたと報告されています。また同調査では利用者の16%が予定日に返済できなかった経験があると回答しています。

Findings Myanmar Survey Multiple Borrowing_2
Findings Myanmar Survey Multiple Borrowing/M-CRIL2018

とはいえ上記は特に競争が激化している都市部で行われた調査であり、農村部では上記よりマシな状況があり、全くマイクロファイナンスが進出しておらず高利貸しに頼らざるを得ない地域もあります。

現場で数百人の利用者に直接インタビューしてきた私の感覚ですが、放送で取り上げられていたス・ミャモンさんのような極端なケースは全体の1~3%程度ではないかと思います。(返済能力すれすれの借り過ぎまで含めると10%~20%はあるように思います。)

放送では高利貸しによる借金地獄が全てのように構成されていますが、大部分のローンは事業活動に使われ、家計を支えるお母さんの零細ビジネスを支えています。

ミャンマー マイクロファイナンス

因みに、市場全体での30日以上延滞率は1%以下で、他国のマイクロファイナンス市場と比べても低い水準にあります。
(返済率99%というと信じられないかもしれませんが、99%には返済予定日に間に合わなくても1か月以内に返している、また5人組の他のメンバーが立て替えているケースなども含まれています。)

多重債務が起こる背景

多重債務、過剰融資は以下のような要因によって拡がっています。

  • 融資審査がほとんど行われていないため安易に借りられる。(連帯責任の5人組が形成できた時点で一定の与信をクリアしたと判断する事で与信調査コストを削減する。与信審査をしようにもIT化が進んでいないため限界がある)
  • 経営ガバナンスが効かず現場が短期の成果主義(融資獲得)に陥りがち。これは貧困削減をミッションに掲げるNGOであっても例外ではない。
  • 経営層が短期成果を求め急速な規模拡大を指向する。(主にエクイティ調達に積極的な外資系機関に見られる傾向)
  • 利用者の金融知識が不足しており、自己の返済能力を見極めることが困難。
  • マイクロファイナンス機関の貸出金額が小さ過ぎる。貸し手側の資金調達難、あるいは経営上のリスク分散戦略によって、資金需要に対してローン金額が小さいため複数機関から借りざるを得ない。
  • 政府当局の能力不足により適切な需給調整や規制によるコントロールに失敗している。

外資系金融の功罪

適切な行政のコントロールが不十分な環境下で、野放図に市場が拡大していくことは私たちが最も懸念してきたことであり、その弊害は見過ごせないレベルに達していると考えています。

一方で全てを外資系金融の責任にすることはできません。過剰な融資は外資、内資問わず(もっと言えば民間企業・NGO問わずに)起きている問題です。外資の中でも適切な融資をしているマイクロファイナンス機関も存在します。

資本市場が未熟なミャンマーにおいて、ヤミ金融に代わって合法的な金融が短期間で普及したのは間違いなく海外マネーの功績です。ミャンマー国内での資金調達が限定的な現状では、外資系マイクロファイナンス機関に長期的な経営視点で市場形成に努めてもらうのが現実的な次善策だと考えています。

一方で、長期的には市場シェアの8割が外資に占められている金融市場が健全とは言えません。時間はかかりますが経験を積んだ国内勢が力を付けて、ミャンマー資本によるミャンマー人のための金融市場が形成されるべきだと考えます。

健全な市場形成に向けて:私たちの取組み

ミャンマーは働くことに喜びを感じる人が多いのが特徴です。その働き者気質を後押しして顧客中心の健全な金融市場に成長すれば、マイクロファイナンスは国全体の経済の底上げにつながるはずです。

いまミャンマーのマイクロファイナンス市場は重要な岐路に立っています。
健全な金融市場を実現するために私たちが取り組んでいる事業を、最後にご紹介させて下さい。

①IT活用による融資適正化
マイクロファイナンス機関が顧客や融資の情報を管理できるよう独自開発したITシステムを提供し、同時にデータ活用のためのコンサルティングを提供しています。現在7つのマイクロファイナンス機関にシステム提供し、約55,000人への融資適正化を支援しています。リンクルージョン
またマイクロファイナンスの国際的なトレンドであるSPM(ソーシャル・パフォーマンス・マネジメントの略で、金融機関の社会インパクトと経済利益の両立を目指す経営手法)の導入をコンサルし、またSPMを実践するマイクロファイナンスに社会的投資が集まるエコシステムを作っています。

②金融教育
正しい知識を身に着けて借り過ぎを防いでもらうために、マイクロファイナンス機関と共同で無料情報誌を製作発行し、マイクロファイナンス機関利用者に金融教育を届けています。2か月に1度発行しており、のべ35万人に配布しました。
リンクルージョン フリーペーパー

③零細ビジネス支援
マイクロファイナンス機関と提携して、マイクロファイナンス顧客を対象とした零細ビジネス支援サービスを本年9月にローンチしました。
融資を生計向上に繋げられるように非金融サービスで零細事業者を支援しています。リンクルージョン ミャンマー

 

※本記事の内容は当社としての見解であり、いかなる提携機関/関係者の見解を代弁するものではありません。

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