元弁護士

「実はわたし、以前は弁護士だったの」

整然と商品が並んだ雑貨屋の店内で、店主のキン・タンダー・シェインさん(42)がいたずらっぽく笑う。驚いたでしょう、と言わんばかりの顔だ。

弁護士から雑貨店経営なんて、どうしてそんな大きなキャリアチェンジを、と目を丸くする筆者に、彼女はいきさつを丁寧に語ってくれた。

はじまりは質へのこだわり

キンさんがお店を構えるのは、コムー(Kawhmu)と呼ばれる地区。最大都市ヤンゴンから南下してヤンゴン川を渡り、さらに車で1時間ほど行った農村部だ。

2019年5月にオープンしたばかりだという店は、こじんまりとしつつも明るく、ぴかぴかと真新しい。

食品から化粧品、衣類に至るまで、生活に必要なものはなんでも揃う。その業態だけを見ればミャンマー庶民に広く親しまれる典型的な雑貨屋だ。しかし、キンさんのお店は、その品揃えが近隣の雑貨屋とは少し違っている。

「タイからの輸入品をメインに取り扱っているの」

街のマーケットには、国産品と並んで輸入品も多く並ぶ。中でも目立つのが中国製品だ。しかし人々の間では「中国製よりもタイ製のほうが品質がいい」と思われているとキンさんは語る。

「より質のいいものを、たくさんの人に広めたい」

娘が生まれ、子どもにも安心して使える高品質なタイ製品を愛用するようになったキンさんと、国際NGOで保健・衛生のプロジェクトに従事していた夫が共に行きついた答えが、質のいいタイ製品を仕入れる雑貨屋というアイデアだった。

弁護士から起業へ 道は自分で切り拓く

弁護士として働いていたキンさんは、数年前に体調を崩し退職。その後はまだ小さかった娘の世話に専念していた。娘が小学校高学年になり、自由な時間が増えたことで「もう一度働きたい」と起業を決意。ちょうど勤務先との契約期間が終わった夫と夫婦二人三脚で雑貨屋をオープンした。

「最初はもちろん大変だったわ。私は法律家、夫はNGO出身だから、二人ともビジネスはまるきりわからない。何が人気商品なのか、どの商品をどれくらい仕入れればいいのか、全てが手探りだったわ。」

そんな二人はまず、お客さんの好みを知るために、お客さんになりそうな人にたくさん会って、彼ら彼女らの嗜好を理解しようと考えた。オープンしたてのお店にお客さんを呼び込むのは大変だから、お客さん候補に突撃することにした。

具体的には、ランチタイムをねらって近隣の学校や政府機関、NGOに商品を持参し訪問販売をしかける。学校や政府機関、NGOでは通常多くの女性が働いているため、オーガニックで質のよい化粧品やスキンケアセット、衛生用品を多く揃えるキンさんのお店はぴったりだった。

「色々な策を試すうちに、少しずつどんな商品がお客さんに喜ばれるのかわかるようになってきたわ」

一度認知してもらえたら、継続的にコミュニケーションをとって関係を築いていく。新商品が入荷すれば電話で紹介したり、自宅まで訪問販売することもあるという。

積極的な活動が成功し売り上げは順調に伸びている。現在は毎日30万チャット(約21,000円)ほどの売上があり、うち利益は10%ほど。月およそ90万チャット(約63,000円)の収入になる。

手に入れたのは、自営業だからこその自由

軌道に乗り始めたとはいえ、いつ何があるかわからないのが自営業。収入の安定した弁護士に戻りたいと思うこともあるのでは?と尋ねると、キンさんは「いいえ」と朗らかに笑う。

「今の暮らしがとっても気に入っているの。家族でやっている店だからこそ、売上を拡大したいとやる気になるし。もっとたくさんのお客さんに、質のいい商品を紹介していきたい。弁護士のときよりもやりがいを感じているわ」

夫もまた「いつかはNGOのキャリアに戻りたいと思っている」と語るものの、今の生活には満足しているという。

「NGOにいたときは、毎日すごい緊張感の中で仕事をしていた。今はとてものびのびと働けているんだ」

家族経営の雑貨屋はまた、12歳の一人娘にもいい影響を与えている。

「店の手伝いをして商売を学べるし、私たちがお客さんと話しているのを見ていればコミュニケーションの勉強にもなるでしょう?早いうちからビジネスに触れることは、彼女の将来にとっても、きっとよいことだと思うの」

家族一丸で営むビジネスだからこそできる教育と、日々の時間の使い方。「この生活がすき」と語るキンさん夫婦のまっすぐな瞳が印象的だった。

話し手 :キン・タンダー・シェインさん(42)
ビジネス:雑貨屋
世帯人数:3人(本人・夫・娘)
世帯収入:90万チャット(約63,000円)

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