ミャンマー人夫婦

 ヤンゴンの街を歩いていると、ミャンマー全土の様々な地域から人が集まっていることに気づく。このミャンマー最大の経済力を持つ街は、成功を求める挑戦者たちを吸い寄せる。チョーソーさん(54)もそんな挑戦者の一人だ。40年前、ヤンゴンからバスで10時間かかるミャンマー北西部の街、ザガイン管区モンユワから引っ越してきた。手作りのホウキ職人として腕を磨き、ヤンゴン生まれのテイチーさん(56)と出会って、3人の子どもに恵まれた。だが、彼がヤンゴンで歩んだ40年は、決して容易なものではなかったという。

インタビュイー
チョーソーさんは、ザガインから来た経緯を話してくれた。

農家を出てヤンゴンへ

 「地元での農家暮らしは大変だったね」。ヤンゴン北西の郊外、シュエピター郡区に家を構えるチョーソーさんは、遠い目をした。「どうしても天候に左右されてしまうし、何よりきつい日差しのせいで体がとても疲れる」。1978年、ヤンゴンに住む親戚の伝手を頼り、心機一転、大都会にやってきた。

妻のテイチーさん
チョーソーさんの妻、テイチーさん。

ヤンゴンで待っていた試練

 ヤンゴンに来て間もないチョーソーさんは、ヤンゴン中心部のヤンキン郡区で、親戚が営んでいたホウキやハタキの作り方を身に着けた。テイチーさんと結婚し、ヤンゴンでの生活も安定したかに見えたが、1991年、夫婦を苦境が襲った。夫婦の回想によれば、政府が突如、ヤンキンの住まいからの立ち退きを命令。補償金は支払われないうえ、シュエピターに土地を買うために新たな出費を強いられたという。立ち退き命令の理由も説明されず、言われるがままに退去した。このようなケースは、当時の軍事政権下のミャンマーで頻繁に起こっていた(1)

手作りのハタキやホウキ
チョーソーさん、テイチーさん一家の家には、手作りのハタキやホウキがぶら下がっている。

取り戻した人生を振り返って

 「元の暮らしに戻るまでに、10年はかかったね。3人の子供を学校に行かせようと、必死で頑張ったよ」と夫婦は過去を振り返る。引っ越してきたとき、シュエピターには今のような工業団地はなく、購入した土地は荒地同然だったという。新しい環境では商品の買い手も見つからず、テイチーさんがヤンゴンの北のシュエピターの家でホウキを作り、チョーソーさんがヤンゴンの南側に位置するダウンタウンで売り歩いた。そんな中でも「一つ一つ丁寧に仕事をしていった」というチョーソーさん。「おかげで今は小売店に卸せるようになったよ。頑張って得意先を見つけたんだ。何軒も回ってサンプルを渡したね」と笑って話してくれた。

ホウキを作る様子
くわえた糸でホウキの柄に羽を巻き付けるテイチーさん。

 もちろん、苦境を生き抜くためには、良質なハタキやホウキを作らなければならない。ミャンマーの雑貨店でよく目にするハタキやホウキにも様々な種類があるが、鶏の羽を使った製品が一番人気で価値も高い。夫婦は以前、ココナッツやビニールの繊維で製品を作っていたが、これらはホウキ自体から繊維が抜け落ち、掃除が二度手間になるそうだ。

 鶏の羽を仕入れる際、意外にも600㎞離れた故郷ザガインとのつながりが活きてきた。「いいハタキにはザガインの鶏の尾羽や首の羽毛が欠かせない。ヤンゴンの鶏は羽が短くてダメ。ザガインに住む友達や親戚がいい仕入先を見つけてくれたんだよ」とテイチーさんは説明してくれた。今では、2つの仕入先から、手触りの良い黒や茶色の羽がバスで届く。

 一本のハタキを作るのに必要な羽は数百本。テイチーさんは羽を1本1本軸に添え、糸で巻いていく。それを何回となく繰り返せば、ハタキの完成だ。1,800チャット(約140円)から3,200チャット(約260円)のハタキやホウキを夫婦で作り、月間250万チャット(約20万円)を売り上げる。

鶏ののどの羽毛を使ったハタキ
茶色い鶏ののどの羽毛を使ったハタキ。かごに入っている黒い尾羽はホウキに使われる。

 チョーソーさんは、苦労はしたものの「ヤンゴンに出てきてよかった」と振り返る。彼のような、地方から出てきた挑戦者たちが生み出す商品は、今日もヤンゴンの市井の人々の日常を支えている。

笑顔の夫婦
ホウキを前に笑顔を見せる夫婦。
ビジネス:ハタキ、ホウキ
世帯人数:7人(本人・妻・子ども2人・孫2人・娘婿)
世帯月収:150万チャット(約12万円)
(内訳)
夫婦のハタキ、ホウキ生産:70万チャット(約56,000円)
家具屋に勤務の長男:35万チャット(約28,000円)
ドライバーの娘婿:45万チャット(約36,000円)

参考文献
(1)HUMAN RIGHTS WATCH, 「ミャンマー:農家が接収地への帰還を模索 小規模土地所有者の権利をまもる法改正を」

 

取材協力:Socio Lite Foundation

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