ミャンマー最大都市・ヤンゴンの郊外に位置するミンガラドン。
強い日差しを遮る高い建物がほとんど無い、緑が広がる土地にポツンと立った家を訪問した。
「このあたりは雨季(5~10月)になると一面水浸しになるから、ボートを使わないと家まで辿り着けない時もあるんだ。」
という説明を聞きつつ、草をかき分けながら家へ向かっていると、家の中から…
モォ~
という重低音が聞こえてきた。
え?この声ってもしかして…
牛。しかも1頭じゃない。
なんとこの家族、10頭以上の牛とひとつ屋根の下で暮らしているのである。
今回は、彼らが行う酪農ビジネス、そして事業拡大の後押しをした融資の詳細に迫りたい。
牛たちと共に暮らす家族とは?
お話を伺ったのは、こちらのお母さん。
旦那さんと4人の子どもたちと、計6人で暮らしている。
家族の生活を支えるため、お母さんとお父さんは2つのビジネスを行っている。
1つは農業。
家の周囲に10エーカー(約40,000㎡)の土地を有する彼らは、5エーカーでコメ(12~翌4月)や空心菜を、残りの5エーカーで飼っている乳牛に食べさせる植物を育てている。
空心菜は1日あたり24,000チャット(約2,400円)、コメは1年で100万チャット(約10万円)程度の売上があるそうだ。
一家が行う酪農ビジネス
2つ目のビジネスが、数年前に始めた酪農。
乳牛を飼い、しぼった生乳をSilvery Pearl Dairyというローカルの大手乳業メーカーに卸している。
家の中を見回すと、牛の他にニワトリまで住んでいる。
このニワトリたちは、乳牛に寄り付く害虫を食べてくれるそうだ。
貯金を使ってはじめに購入した乳牛は2頭。
卸す生乳の量は1日当たり10ビス(約16.5リットル)程度で、酪農から得られる月収はおよそ180,000チャット(約18,000円)だった。
「子どもたち4人を大学に行かせてやるためにも、もっと収入を増やしたかったんだが、その頃は新しい乳牛を買う余裕なんて無かったんだ。」
と、お父さん。
乳牛の価格は1頭あたり100万チャット(約10万円)。一家の月収よりも高い。
そんな彼らに転機が訪れたのは、2年前のことだった。
事業拡大のチャンス到来!
最大の壁、”資金不足”の打破
収入を増やしたくても、事業拡大のための資金が足りず途方に暮れていたお母さんたち。
そんな彼らに、融資を受けるチャンスが巡ってきた。
声をかけてきたのは、卸先の乳業メーカーだ。
「毎日サボらずに生乳を卸してきたから、信頼できる酪農家だと認められたのだと思うわ。」
と、お母さん。
融資額は300万チャット(約30万円)、しかも無利子。
この家庭の月収約8か月分(当時)に相当し、2~3頭の乳牛が買える額だ。
ただし、この融資を受けるにはいくつか条件があった。
- (担保になる)土地を所有していること。
- 他の会社にミルクを卸さないこと。
- 毎日、朝と夕方の2回ミルクを卸すこと。(なんと会社のスタッフが搾乳のために1日2回家に来る!)
- 自分で乳しぼりをしないこと。家庭で飲む分をしぼる際は、許可をとること。
家庭用のミルクをしぼるのにも許可が必要、とはなかなか厳しい…。
それでも、ちょうどビジネスを大きくしたいと考えていた夫婦としては願ってもない話。企業側としても、長期的に確実な仕入れ先を確保できる。
こうしてお母さんたちは融資を受ける決意をしたのだった。
ローンの詳細を探る
お母さんたちが組んでいるローンについて、詳しく見ていこう。
こちらは、お母さんが見せてくれた、乳業会社からの買い取り領収書だ。
左側の領収書(2017年11月1~10日分)を日本語に直してみよう。
乳業会社が搾乳したミルクの買い取り金額から、自動的にローン返済額が引かれ、残りの金額が10日毎に支払われる仕組みのようだ。
現在の10日分のローンの返済額は、69,000チャット(約6,900円)。
この額は、卸すミルクの量に応じて変化する。
2年前から返済を始めて既におよそ228万チャット(約22万8,000円)を返済し、現在のローン残高は716,000チャット(約71,600円)である。(2017/11/10時点)
お母さんたちは、現在いる乳牛が仔牛を産んで数が増えていけば、もっと早くローンを完済できると嬉しそうに語っていた。
事業拡大の成果は?
融資を受けて乳牛を新たに購入したり繁殖させたりした結果、今では仔牛4頭を含む計11頭にまで増えた。
当然卸すミルクの量も倍以上に増え、今では1日に25ビス(約41リットル)近くを卸している。
飼料代を差し引いた月収はおよそ120,000チャット(約12,000円)増加し、300,000チャット(約30,000円)になった。
今回の家庭のように、農家が契約している企業から融資を受けるのは、農業や酪農、畜産業で時おり見られる方法だが、融資をできるか否かは企業側の資金力によるため、ある程度の規模の企業でないと難しいようだ。
今回訪問した家庭の場合は、大手メーカーと契約しているため、融資を受けるだけでなく、必要なら飼料を購入したりもできる。
一般的には、ミャンマーの零細(酪)農家は個人単位でブローカーと契約していることが多い。
資金力の無い零細(酪)農家に対して、ブローカーは種や飼料を現物で支給し、収穫・搾乳後に全ての収穫物を安価で買い取るという方法をとっている。
まとめ
ミャンマーの郊外で、牛たちと共に暮らす一家。
交通の便も悪く、事業の規模も大きく無いが、そのような零細事業者の元にまで、ローカルの大企業によるアプローチが行き届いていることに驚いた。
ヤンゴン中心部のスーパーマーケットで見かける牛乳も、今回訪問したような零細酪農家の元から届いているのかもしれないと考えると、
「たまに牛たちが、私たちの話すことを分かっている気がするの。」
とニコニコしながら語るご夫婦の姿を思い出さずにはいられない。
ビジネス:農業(空心菜・コメ)・酪農
世帯人数:6人 [夫・子ども(4人・全て学生)]
月収(推定): 450,000~500,000チャット(約45,000~50,000円)
[内訳]
農業:150,000~200,000チャット(約15,000~20,000円)
酪農:300,000チャット(約30,000円)