東南アジアと聞いて、バイクの大群をイメージする人は多いのではないだろうか。
日本では考えられないほどのバイクが一度に道路を埋め尽くす。
しかし、ミャンマーの最大都市ヤンゴンでは、このようなバイクの大群を見ない。
なぜなら、バイクの走行が禁止されているからだ。
ところが、今回訪問したヤンゴン郊外では、禁止されているはずのバイクが平然と走っていた。
今回は、ヤンゴンにおけるバイク走行の規制とその実態に迫りたい。
目次
ヤンゴン市のバイクの走行禁止とは。
ヤンゴン管区には45の郡区(タウンシップ)が存在する。
その内、都市中心部とその周辺にある33郡区がヤンゴン市である。
日本でいうなら、ヤンゴン管区が東京都、ヤンゴン市が東京23区にあたる。
そのヤンゴン市において、2郡区(セイッチカナウント郡区、ダラ郡区)を除いた31郡区でバイク走行が禁止されている⑴。
規制する理由は、交通事故の防止という事になっている。
ヤンゴン市では、1日平均2件の死亡事故が起こっており⑵、ヤンゴン市はバイクを解禁して交通事故が増加することを懸念しているようだ。
ただ、バイク走行を禁止することが交通事故削減にどこまで効果があるのだろうか。
周辺諸国と比較すると、疑問に感じる。
例えば、バイクの世帯保有率86%のベトナムでは、交通事故の年間死亡者数が10万人中24.5人。
同85%のインドネシアでは、10万人中15.3人である。
それに対して、ミャンマーのバイクの世帯保有率は半分以下の38.7%。だが、年間死亡者数は10万人中20.3人である。大きな差はないのだ。⑶
ちなみに、この規制の始まりは軍政時代(2003年)。
始まった理由にはいくつか噂がある。
例えば、
①バイクに乗った若者が、将軍に対して挑発行為をしたから。
②バイクを使って民主化を煽るビラを配られるかもしれないから。
③将軍の息子がバイク事故で亡くなったから。
などだ⑷。
国勢調査(2014年)によると、ミャンマーのバイク世帯保有率は38.7%で、他の東南アジア諸国と比べると低い。
しかし、ミャンマー全土で最も使われている車両はバイクで、自転車よりも普及しており、その総数は約463万台⑸にのぼる。
一方で、ヤンゴンでは渋滞が頻発しているが、自動車の世帯保有率は3.1%。
全土に目を向けると、ほとんど普及していないのだ。
バイクが主な移動手段:禁止なんか関係ない?
バイク禁止区域の家庭を訪問
今回は、ヤンゴン中心部から車で約1.5時間のミンガラドン郡区を訪問した。
ここもバイク走行禁止区域に指定されている。
建物は少なく、土地が辺り一面に広がる。
こちらがお伺いしたお宅だ。
この家庭は、お父さん、お母さんと成人している4人の子どもの6人家族で、2つのビジネスを営んでいる。
1つ目は農業。
家のすぐ隣にある畑で数種類の野菜を作り、市場で売る。
2つ目は酪農。
この家庭は10頭ほどの乳牛を飼っている。毎日2回搾乳し、とれた生乳をお得意先のカフェに卸している。
この2つのビジネスで得た収入が、彼らの生活費になる。
バイクは生活必需品?
市場やお得意先のカフェは徒歩ではいけない。
しかも、彼らはバスが往来する幹線道路からも離れた場所に住んでいる。
もちろん、自家用車はもっていない。
そこで不可欠なものがバイクである。
この6人家族は、禁止区域にも関わらず3台のバイクを所有していた。
禁止区域でのバイク入手方法
ヤンゴン市では、バイクの走行が禁止されているため販売店が非常に少ない。
この家族はどうやってバイクを手に入れたのだろうか。
「バイクを買うなら、片道2時間かけて北にあるバゴーに行くよ。行きはバス、帰りは買ったバイクを使って帰って来るんだ。」とお父さん。
バゴー管区ではバイクの走行が許可されているため、販売店もバイクの種類も豊富だという。
中国製の新品が1台500,000チャット(約50,000円)ほどで買えるそうだ。
ちなみに、ミャンマーでは中古二輪車の輸入は禁止されており、正規に流通しているのは中国ブランドの新品が中心である。
往復4時間かけてバイクを買いに行くというのは驚きである。
取り締まりの現状と最近の動き
取り締まり、したりしなかったり…
禁止区域でのバイク走行は、罰金50,000チャット(約5,000円)に加え、バイクの没収が科せられることになっている⑷。
しかし、毎日バイクを使うこの家族は、一度も警察に捕まったことがない。
仮に捕まっても、罰金だけでバイクは没収されない事もあるそうだ。
また、警察官の横をすんなり通り抜けるバイクや、パトカーがよく通る幹線道路沿いで客待ちバイクタクシーを見ることすらある。
とても曖昧だ。
解禁しようという動きも
郊外ではバイクが生活に不可欠であるという実情を、ヤンゴン市は認識していないわけではない。
2016年10月、ヤンゴン市は、今回訪問したミンガラドンを含めた6郡区でバイク走行解禁を検討した。
海外の専門家からの意見も取り入れて協議したが、人々の安全を考慮して禁止を継続するという結論に至っている。
まとめ
バイク走行の禁止がどれだけ交通事故防止につながるのか疑問が残る。
また、すでにバイクが生活必需品となっている家庭も多く、完全に禁止するのは難しい。
ヤンゴン市はその必要性をもっと市民に説明するか、何かしらの代替策を検討する必要があるのかもしれない。
バイクの有無が生活に大きく影響する庶民層にとって、容易に受け入れられる規制ではないのである。
世帯人数:6人 [父・母・子ども(4人・全員成人)]
ビジネス:農業・酪農
世帯月収: 750,000~800,000チャット(約75,000~80,000円)
農業:150,000~200,000チャット(約15,000~20,000円)
酪農:300,000チャット(約30,000円)
企業に勤める娘の給料:300,000チャット(約30,000円)
【参考】
⑴「ヤンゴン市のバイク走行禁止、31郡区で継続」 NNA ASIA
⑵「Two deaths a day on Yangon’s roads」 The Global New Light of Myanmar
⑶・ベトナム・インドネシアのバイク保有世帯
「ベトナムのバイク保有世帯86%、世界44カ国・地域中2位」 VIETJO/Pew Research Center(2014年)
・交通事故の死亡者数
「人口10万人当りの交通事故死、タイは世界2位36人 WHO報告」 newsclip.be/世界保健機関(2015年)
・ミャンマーのバイク世帯保有率 国勢調査(2014年)
⑷「Ban on motorbikes lingers」 ミャンマータイムズ
⑸ Myanmar Statistical Yearbook2016