夕暮れ時にミャンマーの街を歩くと、子どもたちが声を揃えて何かを読み上げているのを聞くことがある。
声の出どころは、子どもたちが放課後に通う学習塾。
学校の授業を終えてやって来た子どもたちが、一生懸命に教科書の内容を暗記しているのだ。

教科書を暗記する、と聞くと違和感を覚えるかもしれないが、実はミャンマーではこのような「暗記型教育」が一般的である。

徹底された暗記型教育の実態とは?そしてその原因とは?

1年間ミャンマーで大学生として過ごした筆者の経験談と共に、ミャンマーの教育問題に迫りたい。

暗記型教育の実態とは

徹底的な暗記型教育 ”答えは必ず一つ”

例えば、英語の教科書に、
What food do you like?
-I like apples.
という例文があったとしよう。

続いて、テストで問題が出る。
“What food do you like? に対するあなたの答えを書きなさい。”

全ての生徒がI like apples.と答える。
I like bananas.は先生が授業中に言っていないから、テストに回答するのは間違いだというのだ。

別の例を挙げよう。数学の筆算。
もちろん日本であれば、そのやり方を覚える。ミャンマー人の場合はというと、数字ごと計算式をすべて暗記してしまう。
授業中にやった問題がそのまま出るからだ。

そう、ミャンマー人は、”答えは必ず一つ”だと考えているのだ。

現状の教育では、上記の例のように、先生が説明したことや教科書の文章を丸暗記し、テストの際に覚えたことをそのまま回答している。この方法は小学校から大学まで、そして全教科に渡って一貫している

40年以上続く暗記型教育の原因とは

なぜミャンマーでは暗記型教育が一般的なのか。

まず、小学生の頃から毎年進級試験があることが、原因の1つとして挙げられるだろう。
試験に落第すると昇級できないため、子どもたちは必死に教科書を読み上げ、先生の説明を復唱し、内容を頭に詰め込む。(ミャンマーの教育制度についてはコチラ
また先生に対する尊敬の念が強く、授業中に子どもたちが先生に質問する機会が与えられないのも原因の1つかもしれない。

しかし、最も根本的な原因は、40年以上前に実施された教育改革である。
1962年、国軍のクーデタ―によりネー・ウィン将軍が全権を掌握。
知識人の台頭を恐れた彼は、1970年代に教育を軽視する改革を行った。先生の説明を生徒たちがただ繰り返すような教育スタイルが始まったのはこの頃だ。

1988年にネー・ウィン将軍は退陣したが、同年から始まった軍事政権は教育予算を減額、更に学校は閉鎖と再開が繰り返された。
学校で授業を行うことすらままならないのなら、教育の質を改善する余裕など当然のことながら無いだろう。

こうして1970代に始まった暗記型教育は、ミャンマーの教育現場に深く根付き、現在もなお続いているのである。

脱・暗記型教育を目指して

内容を深く理解せずにただ知識を詰め込む暗記型教育は、子どもたちから考える力を奪ってしまう。何より、子どもたちは学ぶことの楽しさを知らずに育つ。

これを改善するため、JICAは2004年から2012年にかけて、 Child-Centered Approach (CCA)を全国規模で普及させるためのプロジェクトを実施してきた。

<コラム;Child-Centered Approachとは>
子供が自ら選択権を持ち、コミュニケーション能力・学習能力を成長させるためのアイデアを築くことを促進する児童教育分野のアプローチ。 このアプローチは、子供たちにより自由な選択権を与えることに焦点を当てており、特定の問題に対して、子供たちがそれぞれ独自の方法でアプローチすることを促している。
(参考)「Reference -What is the child-centered approach?」 (原文は英語。編集部が翻訳。)

ミャンマーの教育省は2015年までにChild-Centered Approachをミャンマー全土に普及させる計画を打ち出していた。
しかし、今なお教育現場では暗記型教育が続いている。

JICAによる研修の様子
教員対象のCCA研修の様子。理科の実験の方法を見せている。 

出典:JICA “Activities in Myanmar”「Strengthening of Child-Centered Approach PhaseⅡ」

将来的には、先生が投げかけた問題に対してまずは自分たちで調べ、それを元に友達と話し合って意見を交わし、自分たちで答えを見つけ出す、といった教育が目指されているが、その普及にはまだ時間がかかりそうだ。

教師をとりまく環境

深刻な教員不足

ここまでミャンマーにおける暗記型教育の実態を見てきた訳だが、「先生たち1人1人が教える方法を工夫すれば良いんじゃないの?」と考えた方もいるかもしれない。
しかし状況はそう単純ではない。
次は、教員をとりまく環境について見てみよう。

私が2016年度の前期に出席したヤンゴン大学法学部の授業では、先生が時間通りに来たことは一度もなかった
なんなら2時間遅れても、先生からの連絡はない。生徒はひたすらおしゃべりしたり、携帯をいじったりして待つ。

「どうして先生に言わないの?明らかに時間の無駄でしょ。一本くらい連絡いれられないの?」
生徒たちにそう尋ねたことがあった。

彼らはこう答えた。「だって先生だから。」
先生たちは人数も少なく、私たちに教える時間があまりない、だから仕方がない、そう言ったのだ。
それで納得しているのである。

後期には同大学の国際関係学部に所属していたが、この学部があるのはヤンゴン大学とマンダレー大学の2つだけ。教えることのできる先生が少ないため、他の大学に設立できないようだ。教員不足の慢性化が窺える。

教師への待遇

ミャンマーでは、教師のほとんどが女性。
業務が忙しいためか、私の在籍していたヤンゴン大学では、ほとんどの先生が独身だった。
そして忙しい割に給料がものすごく低い。

ミャンマーの塾(チューシン)
チューシン(塾)に集まる学生。平日の放課後や、週末の日中にも授業が行われる。

そのため、本業の傍らチューシン(塾)を経営し、お小遣い稼ぎをする先生も少なくない。
その結果、本職である学校での授業の準備がおろそかになることもあるという。
(チューシンについてはコチラ

このように、教員不足や低い給料といった教員をとりまく環境は、結果として授業の質を下げてしまっている。

まとめ;ミャンマーの教育課題の今後

ミャンマーの子どもたち

長年続く暗記型教育、教員をとりまく環境など、ミャンマーの教育に関する問題は様々であるが、改善の兆しは確かに存在する。

現在ミャンマーをリードしているアウン・サン・スー・チー氏は、教育の重要性を演説の中で度々語ってきた。
実際に教科書改革が進んでおり、2017年度(ミャンマーでは6月1日が進学年度の開始日)からは、JICAの技術協力によって開発された1年生用の教科書が全国の小学校に一斉導入された。

もちろん教科書を配布するだけでは十分ではなく、教員へのトレーニングを通じて、いかに新しい教科書を効果的に用いるかなどを指導する必要はあるだろう。
授業の質を担保するため、教員の意識改革をしていく必要もあるかもしれない。

解決するべき課題は山積みだが、一歩ずつ前進していることは確かである。
ミャンマーの教育の、今後の改善を願っている。

【参考】
・「問題だらけのミャンマー教育事情 、今も尾を引く40年前の教育改革」開発メディアganas
・「ミャンマーにおける教育ビジネスの可能性」大和総研
・「ミャンマーにおいてJICAの技術協力で開発された新しい教科書が全国の小学校に一斉導入」JICA

取材協力:Socio Lite Foundation

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塩野愛実
中央大学法学部3年生。2016年4月から2017年3月まで、ヤンゴン大学法学部・国際関係学部に初の外国人留学生として留学中。英語での講義と聞いたにも関わらず、全てミャンマー語での講義が始まったため、ミャンマー語も必死に勉強している。大学、更にはキャンパス内女子寮でも、ミャンマー語しか伝わらない環境で、日本人1人サバイバル生活をしている。