噛みタバコ(キンマ)」をご存知だろうか。
「熱帯性気候下での重労働による労苦をいやすために誕生した(1)」嗜好品で、東南アジアやインドを主要な産地としており、ここミャンマーでも広く普及している。(ちなみに、ミャンマー語では噛みタバコのことを「クーン」と言う。)

ミャンマーでは街のあちこちにキンマを噛んでいる人がおり、それによって血のように赤くなった唾液を道端で吐いている。
今でこそ見慣れた光景であるが、タクシーやバスの運転手が窓をおもむろに開けて赤い唾液を吐き出す様子を初めて見たときは、かなりの衝撃を受けた。

ちなみにミャンマーでどれだけキンマが人気かというと、ヤンゴンにある筆者の家の前の道1本(約100m)だけで、15軒ものキンマ屋があるほどだ。

こんなにもキンマ屋同士の間隔が狭い中で、一体どうやって競合と戦うのだろうか。
そして、ミャンマー人にとってキンマはどのような存在なのだろうか。
キンマ屋を営む女性への取材や、ヤンゴン在住の筆者の実体験をもとに、その実態を追ってみよう。

キンマ屋さんに取材敢行!人気の秘訣とは?

今回取材したのは、最大都市のヤンゴンのはずれで小さなキンマ屋を営むお母さん(エーエーマッさん)。
ヤンゴン中心部でもキンマを売る露店を頻繁に見かけるが、お母さんの店の周辺にもかなりの数のキンマ屋がある。
一番近いキンマ屋はすぐ隣にあるというのだから驚きだ。

こちらが、お母さんの営むキンマ屋さん。

ミャンマーの噛みタバコ屋

お店の中は、2人の大人がやっとのことで座れる程の狭さだ。

ミャンマー、噛みタバコ屋の中

一見したところ目立った特徴は無いが、周辺にたくさんの競合店がある中で、こちらのお母さんの店はかなり繁盛している。
その人気の秘訣を探ってみよう。

他店に負けずに売る方法を直撃取材!

噛みタバコ屋店主との会話

え?友達の多さだけで、どうにかなるのだろうか…。

噛みタバコ屋店主との会話

キンマに入れるトッピングはどの店でも似ており、差異化を図るのが難しい。
そこでキンマに塗る下地部分の石灰液の味を工夫するのは、画期的なアイディアだと感じた。
しかも、4年前に亡くなったご主人が考案した思い入れのある味を受け継いでいるとは、人気がでるのも納得できる。

噛みタバコ屋店主との会話

このように、味を工夫することで周囲の人々の人気を得ているお母さんのキンマ。
具体的にどのように作られているのかを見ていってみよう。

人気の秘密はここにあり?~キンマの作り方~

Step1 キンマの葉に石灰の液体を塗る(この液体に秘伝の味を仕込む)。

噛みタバコの作り方1

Step2 ビンロウの実を葉に乗せて、たばこの葉やトッピングのスパイスをふりかける。(このビンロウの実が、唾液が赤くなる原因。)

噛みタバコの作り方2

Step3 くるくる巻く。

噛みタバコの作り方3

完成!

ここで紹介したのはオーソドックスなタイプのキンマで、1つあたり50チャット(約5円)で売られている。
Step2でキンマの葉にのせるトッピングの種類によっては、1つあたり100チャット(約10円)になるそうだ。トッピングをふりかける量によっても値段が変わるらしい。

ちなみにこのキンマ作り、速さが命かと思っていたが、そういう訳でもないようだ。
スピードよりも完成品の見た目のきれいさが重要で、お母さんたちはその美しさを保つため、キンマの葉を巻くとき(Step3)は手袋をつけないという。
その結果、下の写真のように、石灰の液で手の表面が固くなってしまうそう…。

噛みタバコ屋の手

キンマってどんな味?

トッピングと味について

キンマのトッピングとして振りかけるスパイスには、様々な種類がある。ポピュラーなものだけでも、45番、92番、100番、スィングネー、ベィンマ、サーガー、バーバー…など枚挙に暇がない。
インドから来たというスィングネーやベィンマは香りは良いが酔いやすい、などそれぞれ異なる特徴を持っている。

ミャンマーの噛みタバコ
スパイスやココナツの身などのトッピングを加えている様子。なるべく新鮮なキンマを噛むため、お客さんはまとめ買いはせず、1日に何度もキンマ屋に立ち寄る。

スパイス以外のトッピングとしては、パイナップルやココナッツのジャムを加えることもできるそう。トッピングが充実していて、女性でも噛みやすい。
ちなみに、具体的なスパイスの名前が分からなくても、“甘め”というように味を伝えるだけで注文ができる。

ヤンゴン在住の筆者が実際に噛んでみた

このように様々な種類があるキンマ。実際に噛んで味や食感を体験してみることにした。もっとも、キンマを噛むのは中年男性が多く、女性、特に若い女性が噛んでいるのはあまり見かけないが…。

ひとまず、甘い味のキンマをオーダー。

味としては、甘くて清涼感があり、ガムのようだった。
しかし、所詮はただの葉っぱとかたい実。食感としてはパサパサして違和感がある
しかも噛んでいる内に段々と舌の感覚がなくなってきて、唾液がひたすら出てくるため、少し気持ち悪かった。また、中に入っているタバコの葉が奥歯に挟まってしまい、吐き出すにはかなりの努力が必要だった。

このような食感の悪さと吐き出しにくさのため、個人的には何度も噛みたいという気にはなれなかった。ただし、味としては決して悪くなく、スイーツのように感じられた。

身体への影響は?

キンマによる健康被害

このように様々なトッピングがあって魅力的なキンマだが、タバコと同様、身体に良いとは言い難い。

というのも、キンマの中に入っているビンロウとタバコの葉を一緒に噛むことで発がん物質が発生するといわれているからだ。
また、キンマの葉に塗る石灰液は粘膜下組織に炎症を起こすと考えられている(2)

A man shows off his stained teeth, dyed red from years of chewing betel quids, potent parcels of areca nuts, lime and tobacco wrapped in a betel leaf. They give users a buzz when they're chewed but are also known to cause oral cancer.
キンマを噛み続けると歯が赤黒く染まり、ボロボロになってしまう。

出典:CNN 06/11/2013 “Nothing to smile about: Asia’s deadly addiction to betel nuts”  

更にビンロウに含まれるアルカロイドという成分は中枢神経に働き、依存性もある。私の友達の知り合いには、1日に30個ものキンマを噛む人もいるほどだ。

それでも噛みたくなっちゃう瞬間って?

このように身体に悪影響を及ぼすキンマだが、日常的にキンマを噛む友人に聞いてみたところ、どうしても噛みたくなってしまう時が2つあるという。

1つは食後。口臭ケアのために噛みたいという。
確かに、他の人がキンマを噛んでいる時、清涼感のある甘い匂いが漂ってくる。
ミャンマー料理はニンニクが入っているものが多く、食後にガムを噛む感覚だと考えれば理解できるだろう。

もう1つは、酔いたいとき
キンマ独特の酔いがあるそうで、それが気持ちいいそうだ。
キンマを噛む人の中には、お酒の酔いは苦手でも、キンマの酔いは大好きという人もいるという。

このように、噛む人なりの理由はあるようだが、その健康被害は無視できない。
2016年にミャンマー政府は、同国における10歳未満の噛みタバコ使用率が15%近いことを報告しており(3)、このデータからは身体への影響に関する知識がまだあまり普及していないことがうかがえる。
キンマと紙巻きタバコを併用する人も多く、知識の普及と対策が望まれている。

マナーにまつわる課題

健康に関する意識の欠落はもちろん問題だが、キンマに関する最も大きな問題は、やはり人々が道端で躊躇なく唾液を吐き出していることだろう。

ミャンマーにはキンマに関する規制がほとんどない
あるとすれば、児童がキンマを噛むのは禁止されていること、そして学校や病院などの公共施設の周辺でキンマを販売してはいけないということくらい。

その結果として、バスやタクシーの窓・ドアから運転手や乗客が今日も赤い唾液を吐いている。
ミャンマーに住む人にとっては見慣れた光景ではあるが、この吐き出す様子、そして路上に残ったシミはやはり見ていて気持ちの良いものではない。
ミャンマー人でも、キンマを噛まない人はこれらを汚いからと嫌っている。

噛みタバコを吐いた痕
地面に赤くなった唾液が吐かれた痕。ミャンマーでは街のあちこちで見ることができる。

出典:Wikipedia “Areca nut”

ミャンマー人と同様、日頃からビーサンを履いて過ごしている私が本当に嫌なのは、避けられないような大きな水たまりに唾液が吐かれているのに遭遇したとき。
気持ち悪いと思いつつも、水たまりに足を踏み入れるしかない。
しかし噛まない側がいくら気分を害そうとも、規制がないので、この現状に我慢して甘んじるしかないのである。

まとめ;ミャンマー人にとってのキンマの存在

健康被害や中毒性、知識の普及、マナーに関する問題…。
キンマの使用率が周辺国に比べて高いミャンマーでは、それにまつわる問題への対策が急務である。

しかし、キンマそのものが規制されるべきだとは、私は思わない。
なぜならば、今回の取材を通じて、キンマ屋は嗜好品のキンマを通じて会話を生み出し、人をつなげる役割を果たしてくれていることを実感したからだ。

インタビューしたお母さんのお店は、人が集まり、井戸端会議ならぬ”キンマ屋会議”を生み出している。

店先で、
「息子さんいくつになったの?」
「今日は〇〇味噛まないけど、どうしたの?」
と談笑する人が後を絶たない。

お母さんの店のキンマの味が魅力的なのはもちろんだが、
商品の美しさのためにキンマを作る際あえて手袋を使わないというプロ意識や、
ミネラルウォーターをカウンターに置いて誰もが水を飲めるサービスを提供するといった努力のおかげで、今日も彼女の店ではたくさんのコミュニケーションが生まれている。

現在、キンマの葉の産地であるバゴー管区などで価格が上昇しており、キンマ売りにとって厳しい状況ではあるが、彼女が今後とも周りの人をつなげる存在であり続けることを願っている。

【参考文献】
(1)「キンマ」Wikipedia
(2)「アジアに多発する口腔がん」岐阜大学大学院
(3)「ミャンマー、10歳未満の14%が噛みタバコ」MYANMAR JAPON ONLINE

取材協力:Socio Lite Foundation

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上田実月
初級コースでヤンゴン外大に通うも3か月で辞め、ミャンマー人の生態が気になりそこら辺の現地人と四六時中過ごしながらネイティブ化した生活を送っていた。ミャンマーの社会問題に興味を持ち、普段はそれを支援する団体に直接話を聞きに行ったり、一般人は問題をどう捉えているのか個人的に調査したりしていた。現在は帰国し、就活をしている滋賀県大生。