ミャンマー 薬

いったいこれは何だろう。

今回インタビューした家庭のお母さんが、棚から大事そうに取り出してくれたのは、これといった特徴もない茶色い粉。
子供が泥だんごを作る時にまぶす砂のようだ。

しかし、その正体は私の予想を見事に裏切った。

実はこれ、なのだ。

ミャンマーでは、タイや中国、インドといった近隣国から現代医薬品が流入している一方で、このような伝統医薬品にも根強い人気がある。
ミャンマー人にとって伝統医薬品はどのような存在なのか。
貧困家庭への取材と共に、その実態に迫りたい。

3歳の子どもにも飲ませている伝統医薬品

冒頭でご紹介したのは、訪問させていただいた家庭の息子さんが飲んでいる伝統医薬品だ。3歳になる息子さんには、重い障がいがある。
しかし、この薬は彼の症状に合わせて処方されたものというわけではなく、近くの薬局からお母さんが買ってきたものだ。

お母さんに効能をきくと、驚いたことに知らないという。
「これは伝統的でミャンマーの家庭ではよく使われている薬!」としか答えない。

スプーン1杯分を舌に乗せて、服用するそうだ。
効能も分からないのに、子どもに対して使っているとは…。

謎の薬の正体

あとからミャンマー人の友人にこの謎の薬について聞いてみると、”トゥンゲーナーゼー”と呼ばれるもので、12歳以下の子どもが主に使う薬だという。
その友人いわく、どんな症状に対しても使えるとか。
子供は体調が悪くても症状をうまく伝えられないため、万能といわれるこの薬を飲ませるそうだ。

このトゥンゲーナーゼーがどれほど万能かというと、なんと傷・便秘・のどの痛み・痰・熱・頭痛などのケガ・病気96種をカバーするという。
ここまで言われると、かえって怪しい気もするが…。

ちなみに、治したい病気によって服用の仕方が異なる。
この家庭のように、そのまま薬だけを口にするという方法以外にも、

・キンマの葉(ミャンマーの嗜好品である噛みタバコの材料)を沸騰した湯で3分煮出した汁に、この薬をスプーン1杯いれて飲む
・ごま油数滴と薬スプーン1杯をともに飲む
・冷えてない水と一緒に飲む

といった方法がある。
先述のミャンマー人の友人によれば、上記のいずれかの方法でこの薬を飲めば、基本的にどんな症状でも改善されるらしい。

超高価な伝統医薬品、その理由は?

ミャンマーの伝統医薬品

先ほどの”トゥンゲーナーゼー”の見た目を砂に例えるなら、こちらは海苔の佃煮のような見た目である。
これもミャンマーの伝統医薬品の1つで、日本円で3万円相当もする高価な薬だ。
脳の神経に効く調合だと言われている。
この薬を購入しているお母さんの息子さんもまた、重度の障がいをもっているのだ。

お母さんが息子さんを連れていくのは政府から援助を受けている病院なので、医療サービスは無料で受けられる。
しかし薬代は自己負担であるため、この薬を購入するには、2,3か月に一度3万円の薬代を捻出しなければいけない。

収入から食費を引いただけでも、1か月あたり1万2,000円しか残らないというこの家庭。毎月ではないとはいえ、定期的な3万円の出費はかなり厳しい。
しかし、この3万円のものが一番小さいサイズだという。

ちなみに、なぜこの佃煮のような見た目の薬が高いのかというとそれには理由があって…

金(ゴールド)、入っていました!

金の他にも、蜂蜜や薬草が調合されているオーダーメイドの薬とのこと。

なるほど…。高価なわけだ。

肝心の効用はというと、1日に3回の服用を始めてから、息子さんは今まではできなかった応答ができるようになってきたんだそう。

薬代を捻出するための家族の努力は、報われているようだ。

ミャンマーにおける伝統医療・医薬品

ミャンマーの伝統医療事情

ミャンマーでは、生薬などを用いる伝統医療が近代医療と同様に行われている。

ミャンマー政府は保健省に伝統医療局を設置しており、国営の薬草園などを通じて伝統医療の研究・開発に力を注いでいる。政府が運営し、伝統医療を行う病院はミャンマー国内に10か所以上ある。

2002年には、ヤンゴンに次ぐ第二の都市であるマンダレーに伝統医療大学が設立され、人材育成を行っている。

ミャンマー・マンダレーにある伝統医療大学
マンダレーにある伝統医療大学(The University of Traditional Medicine)

 出典:Myanmar BUSINET Development Group “UNIVERSITY OF TRADITIONAL MEDICINE”

伝統医療局に登録している伝統医療師の数は9,000人を超えており、全国各地の病院・診療所で治療を行っている。
しかし、その中で公的教育を受けたのは1,600名程度といわれており、未登録の伝統医療師の存在も考慮すると、特に地方で治療にあたっている者の多くは不完全な知識のままに治療を行っている可能性がある

このような伝統医療の質の低下を受けて、JICAは10年以上前からミャンマーの伝統医療に携わる人材の育成、伝統医薬品の品質向上を目指したプロジェクトを複数回実施してきた。
今年2017年3月からは、草の根技術協力事業の一環として「ミャンマーにおける伝統医薬品の製造管理及び品質管理の改善を通じた保健衛生向上事業」を実施している。

以上のように、ミャンマーの伝統医療は質という点で課題が残っており、国レベルで発展・拡大が望まれている分野である。

ミャンマー国民と伝統医薬品

では、伝統医薬品はミャンマー人にとってどのような存在なのだろか。

ヤンゴンなどの都市部では、若者を中心に現代医薬品を好む人が多い。
この現代医薬品のほとんどは外国から輸入されたものであるが、このような外国産の薬はミャンマー政府の認可が下りないと販売できないため、その効果や安全性への信頼度が高いようだ。

それでも、伝統医薬品は、表記がミャンマー語のため安心して飲めるということ、薬草から製造されているため副作用が少ないこと、古くから利用されてきていることなどから、今なお根強い人気がある。
ヤンゴンに本社を置く伝統医薬品メーカー「メガパワー」は年間に12億チャット(約1億2,000万円)の利益をあげるという。

中年世代、つまり若者の親世代の間では伝統医薬品の人気が特に根強く、若者にとっても未だに伝統医薬品は身近な存在だ。
現代医薬品の普及はますます広がっているが、それでも伝統医薬品は今後もミャンマーにおいて一定の役割を果たすのではないだろうか。

まとめ

日本で暮らしているとあまり馴染みのない伝統医薬品だが、ミャンマーでは現在もなお、庶民の生活において重要な役割を果たしている。

貧困層にとっても、伝統医療・伝統医薬品は身近な存在だ。
しかし、正しい知識を持っていない医療師から間違った診断を受けたり、情報が足りないために高価な薬や効果の薄い薬を買わざるをえなかったりといった問題に面しやすいのもまた貧困層である。

他の何にも代えがたい健康を守るため、彼らの生活状況を考慮した工夫や対策が講じられることを願っている。

(参考)
【3.1 ミャンマーにおける伝統医療事情】
「伝統医療プロジェクト 2006-2009」JICA
「ミャンマーにおける伝統医薬品の品質改善を通じたプライマリーヘルスケア向上事業」JICA
「ミャンマーにおける伝統医薬品の製造管理及び品質管理の改善を通じた保健衛生向上事業」JICA
・「JIMTEFレポート 第35号」財団法人国際医療技術交流財団 (2006)
・「ミャンマーにおける保健医療」イプソス・ビジネス・コンサルティング (2012)
【3.2 ミャンマー国民と伝統医薬品】
「ミャンマーの伝統医薬品メーカー「メガパワー」は年間6億円稼いでいた!“がん予防薬”が150円?」ganas 開発メディア
「あなたは信じる? ミャンマー人の中年女性が愛用する「伝統医薬品」」ganas 開発メディア

取材協力:Socio Lite Foundation