印刷工場の社長

 インクと機械油の匂いが立ち込める薄暗い工場の中で、所狭しと置かれる巨大な印刷機や裁断機8台が「ゴー、ガッシャン」とうなりを上げている。その表面は長年使いこまれ黒ずんでいるものの、手入れは行き届いている様子だ。

 インクの染みが残るシャツを着た屈強な男たちが、まだ赤と黒しか刷られていない新聞紙の分厚い束を頭に載せて運んでいく。煌々と照らされた作業台の上では別の作業員が、雑誌のサイズを測り、色合いをチェックしている。

印刷工場の作業員
印刷機に吸い込まれる新聞を鋭い眼光で見つめる作業員の一人。

 ミャンマーの最大都市ヤンゴンのダウンタウンの一角にある印刷所「ピーエイ・ファミリー・プレス」は、その名の通りクーンピーエイさんが2003年に設立した印刷会社だ。日本では大部分機械化している工程が、ここでは作業員の手作業で進んでいく。例えば、裁断の工程は、作業員が自らページの大きさに合わせて、裁断機をセットする。古き良き日本に通じる雰囲気が漂うこの工場は、人の力が支える職人の現場だった。

工場案内の様子
工場を案内するクーンピーエイさん。

印刷業界は職人技で生き抜く

 工場は昼も夜も稼働する。夕方5時に受注し、翌朝3時から4時までに入荷する新聞の朝刊を刷り上げるためだ。ミャンマーの大手誌「ミッジーマ」、スポーツ新聞2紙、そして地方紙を印刷している。昼間も、個別の注文に応えて雑誌やパンフレットなどを手掛けている。

印刷作業
印刷の仕上がりをチェックする作業員たち。

 クーンピーエイさんによると、ヤンゴン市内にはおよそ200の印刷所があるという。彼は「うちの印刷所は、トップではないが、上位には絶対食い込んでいる」と自信を見せる。上位に並ぶ競合他社は、次々と高性能のマシンを仕入れ業績を上げている一方、クーンピーエイさんの工場に並ぶ機械は、すべて日本の中古だ。だが彼は、「私たちは信頼でやっているよ。本当に腕のいい作業員をそろえているからね」と生き残りのコツを教えてくれた。

小森コーポレーションの印刷機
操作盤には、日本の大手印刷機器メーカー「小森コーポレーション」のロゴが見える。

「俺たちは兄弟だ」35人の作業員との強固な絆

 「俺たちは兄弟みたいなもんだ。ただの雇用者と労働者じゃない」と、彼は語る。現在抱えている35人の作業員のうち、約15人が見習い、のこりが熟練作業員だ。入ってきた若手のトレーニングは、まず作業場や機械の掃除から。その後、先輩たちに一つ一つ工程を教わりつつ、「プロになるまで最低4年」かけて成長していく。

印刷の確認
印刷中の新聞に目を通すクーンピーエイさん。

人情で広がるつながり

 この工場の経営を務めるクーンピーエイさんの面倒見の良さは福利厚生や採用方針にも現れている。職場のすぐ近くに社員寮を借り、遠くに住む作業員にも安定した住居を提供。さらに、食費や怪我・病気の際の治療費もすべて会社持ちだ。

 さらにこの工場では、高等教育を受けられなかった地方の若者を積極的に採用している。印刷技術を学びたい若手も修行に来ているそうだ。古参の地方出身の熟練作業員が、自分の村でクーンピーエイさんの工場の魅力を伝えたため、今では多くの地方出身者が、クーンピーエイさんを頼ってヤンゴンに来ているという。

チョーテッナインさん
チョーテッナインさん(24)はこの印刷所に勤めて5年、今では後輩を指導する側に回っているという。

経営者も現場で技術を習得

 実は、クーンピーエイさん自身も長い修業時代を積んでいる。ヤンゴン大学に入る2年前の1990年から、雑誌の編集・出版を始めた。1996年、軍の検閲に引っかかって出版差し止めを受け、辟易して出版から印刷業に転身。シンガポールの印刷会社の研修に応募し、印刷技術や営業の方法を学んだ。そして2003年、ヤンゴンで現在の工場を構えた。

 そこから15年、最初は白黒印刷の設備しかなかったが、徐々に4色対応など高価なマシンを増やしてきた。若い時代に培った編集技術は今も健在だ。顧客が入稿する印刷用のデータを開いてアドバイスをし、自ら編集用のソフトで素早く手直しして印刷に回す。「ほかの印刷所と違って、僕たちはこうやって丁寧なサービスをしているんだ」とプロとしての誇りをのぞかせた。

オフィスで語るクーンピーエイさん
クーンピーエイさんはオフィスで自分の経歴を語ってくれた。

 「今じゃ、新規の営業をする必要がないくらいだ」とさらっと話すクーンピーエイさん。わざわざ声を掛けなくても、培ってきた信頼が口コミで広がり、自然と仕事が舞い込むそうだ。海外の進んだ設備を導入する印刷会社が増え、競争環境は激化しているが、この印刷所は職人気質で乗り切ってくれるに違いない。

クーンピーエイさん話し手
クーンピーエイ(46歳)
ビジネス:印刷工場
世帯人数:4人(本人・妻・子ども2人)
会社のひと月の利益:1279万6400チャット(約90万円)

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茂野 新太
千葉県出身。京都大学法学部に在籍。現在はミャンマー・ヤンゴンの編集プロダクションに長期インターン中。将来の夢、新聞記者を目指して日々奮闘するかたわら、ミャンマーを舞台にしたドキュメンタリー映画を撮影しています。

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