ミャンマーの葉巻工房

ミャンマー最大の都市であるヤンゴンから、北東70kmに位置するバゴー。

ミャンマー屈指の古代都市として親しまれ、観光地として賑わっている。
しかし、街から15分ほどバイクで移動すると、観光地とは全く雰囲気の違う村々があった。

バゴー中心部から離れた、水道も通っていないスラムで人々は暮らしている。

小さな木製の家々が軒を連ねるなかで、ひと際目立つ1軒のコンクリート製・2階建ての建物が、今回の訪問先だった。

スラムで○○ビジネス?

この建物の主は、ドウニーさん、42歳。ここは彼女が経営する工房兼住宅である。

私たちが着くやいなや、彼女は「待っていたわよ!」と言って快く招き入れてくれた。
明るい笑顔がとてもチャーミングだ。

スラムで葉巻工房を経営する女性
オーナーのドウニ―さん。

中に入ると、10人以上の女性が一心に何かを作っている。

積み上げられた細い筒は何なのだろう。

ミャンマーの葉巻フィルター

実はこれ、葉巻のフィルターである。

トウモロコシの皮と新聞紙を貼り合わせて作られており、糊には米をすりつぶしたものが使用されている。
女性たちが素早い手つきで作業を行い、みるみるうちに葉巻のフィルターが完成する。その手先の器用さ・作業の速さは圧巻だ。

ミャンマーの葉巻工房で作業をする女性たち
工房で働く女性たち。 作業台に向かって黙々と仕事をしている。

この工房では1日に約20,000本を生産し、月に3回、近隣の葉巻会社に卸している。
完成した葉巻が、こちら。

ミャンマーの葉巻
こちらの葉巻は3本で100チャット(約10円)。これは平均的な価格だが、ブランドによって価格は異なるという。

断面をよく見ると白い紙のようなものが挟まっている。
これが、フィルターだ。
ミャンマーの葉巻、フィルター部分

このような葉巻は、嗜好品として庶民に幅広く愛されている。
ミャンマーの街中でよく見かける噛みタバコ屋では、大抵この葉巻や、日本で一般的な紙巻きタバコも一緒に売っている。

ミャンマー葉巻を吸うおじさん
葉巻を吸うミャンマー人のおじさん。

ミャンマーの葉巻にはたくさんのブランドがあるが、メジャーなものは5つ。
今回訪問したバゴーにある葉巻工房の中には、タイなどの近隣国から注文を受けて輸出しているところもあるという。

さて、インタビューに訪れたスラムの周辺には、多くの葉巻フィルターの工房が存在する
その中でこの工房は最も多くの利益を出し、一番成功しているそうだ。
競争が激しい中、一体どのような方法で成功に至ったのだろうか。

 成功に導いた女性オーナーの経営方法とは?

スラムのビジネスが抱える問題点

まず、単価が安いフィルター生産で儲けるには、「大量生産」が必須である。
それには多くの人手を必要とする。

ミャンマーの葉巻のフィルター
山積みにされた出荷待ちの葉巻のフィルター。

しかしミャンマーでは、従業員が1~3か月で勝手に辞めてしまうことがよくある。
昨日まで普通に働いていた従業員が、次の日から何の連絡もなしに職場に来なくなり、そのまま音信不通になるということもよくあるそうだ。

そこでドウニーさんは、他の工房から優秀な人材を引き抜き、彼らに長く勤めてもらえるような仕組み作りに力を入れた。

秘訣① 優秀な人材を狙え!「就職奨励金」

この工房では、常時15人ほどが働いている。この人数は、スラムの自営業の中ではかなり多い。

ドウニーさんは、自分の工房に従業員を雇う際、100,000チャット(約10,000円)という高額なお金を従業員に払っている。
このお金は給料やボーナスとは別で、いわば就職奨励金である。
しかし従業員は、工房を辞める時にこのお金をドウニーさんに全額返さなければいけない。
月給が200,000チャット(約20,000円)程度である従業員にとってこの返済は簡単なものではないため、ドウニーさんは従業員が簡単に仕事を辞めることを防ぐことができるという。

この方法はミャンマーで一般的な方法ではないものの、この近隣の工房ではしばしば見られるそうだ。
ただし、村内の他の工房が50,000チャット(約5,000円)を従業員に払っている一方で、ドウニーさんは2倍の額を払っているため、より多くの従業員を獲得できている。

秘訣②獲得した人材は逃がさない!「心地良い職場づくり」

せっかく高いお金を費やして確保した人材が他に移らないように、彼女は従業員がいかに「心地よく働けるか」を意識している。具体的には、

  • 社員旅行の実施 (観光地であるチャイティーヨーなど)
  • 工房に併設している家の宿泊・シャワー使用許可 (繁忙期)

といった工夫を凝らしているそうだ。

スラムの葉巻工房で社員旅行があるとは驚きである。

では、実際に彼女がどのようにして大量生産が必須である葉巻製造を行っているのか、更に詳しく見てみよう。

秘訣③目指せ両立!「大量生産×品質の維持」

この工房では1日に20,000本のフィルターを生産している。それを従業員数15人で割ると、1人当たり約1,300本を1日で生産しなければいけない。
そこでオーナーのドウニーさんは、従業員の給料を生産本数に応じた歩合制にすることで、彼らのモチベーションを上げ、一定の生産数を確保している。

また品質についても、彼女がかつて葉巻を取り扱う会社で働いていた経験を活かし、フィルターの太さや大きさを一定に保つ為の教育をしているそうだ。

このように、彼女は様々な施策を行うことで順調に工房を経営している。

成功に至るまでの挫折

しかし話を聞いてみると、彼女の人生は決して順風満帆なものではなかったそうだ。

彼女は6年前に、軍人だった最愛の旦那さんを亡くした。
「財産も無く、2人の子供と残されて途方に暮れた。」と当時を振り返っている。

それでも悲しみに暮れる暇はなく、2人の子供を育てながら生きていかなくてはいけない。
苦しい状況の中、彼女にとっての唯一の希望は子供達であったという。

スラムに住む親子

女手一つ、2人の子供を育てるために、葉巻のフィルター製造会社で勤めながら、「いずれは独立して、自分で葉巻工房を運営したい。」と願い、資金を貯めつつ、スキルを向上させていった。

そんな中、彼女は1人の男性と出会った。今の旦那さんである。

18歳年上の彼はビジネスの経験もあり、頭も良かった。
子供2人を育てながら、いずれは独立を目指していた彼女にとって、彼はとても頼もしい存在である。

資金も貯まり、頼りになる新しい旦那さんと独立準備を整えたところで、彼女は上司に「独立して工房を始めるので、葉巻のフィルターを卸させてくれないか」と交渉し、なんと、卸先も自ら確保した。

そして、6年間かけて、独立して葉巻工房を持つという夢を叶えたのだった。

現在、彼女は生産と従業員の管理に専念し、経理面はビジネス経験のある旦那さんに任せているそうだ。

「旦那は、自分より教養も経験もあって、心から信頼しているの。」
家族の写真を見せながら、満面の笑みで語る彼女は、とても生き生きとしていた。

現在も貯金は続けており、旦那さんのビジネスである、肥料や飼料を販売するお店を持ちたいと夢を語っていた。

まとめ

小さな木製の家々が並ぶスラム街にある、コンクリート製の立派な建物には、最愛の夫の死を乗り越え、新しい人生をスタートさせた力強い女性がいた。

今回話を聞きながら、彼女の生き抜く力強さにとても感銘を受けた。

私たちは、スラムに住む人々を「貧困層」と一括りにしてしまいがちである。
しかし彼らには多様な人生があり、日々さまざまな困難にぶつかり、悩み、乗り越えている。
日本で暮らす私たちと、何の変りもないのではないか、そんなことを感じたインタビューだった。

取材協力:MJI Enterprise